一の谷の戦い(5)平知章の最期【平維盛まんが34】

一の谷の戦い。大手の大将軍・平知盛が浜に着いたとき、沖へ逃れる為の船はもうなかった。そこへ、児玉党が襲ってくる。知盛の長男・知章は、父だけでも沖へ逃がそうと敵に立ち向かうが… <『平家物語』巻九より> ※漫画はえこぶんこが脚色しています。 ◆解説目次◆ ・登場人物 ・平知章 ・知章の戦い ・知章の最期 ・知盛の懺悔 ・愛馬・井上黒 ・平清宗 ・知章と清宗 ・どうする?重衡 登場人物 平知盛 たいらのとももり 平清盛の四男。 平知章 たいらのともあきら 知盛の長男。 平清宗 たいらのきよむね 平清盛の三男[宗盛]の長男。知章のいとこ。 平知章 一の谷の戦いの漫画5話目は、 再登場、平家のティーンエイジャー・ 平知章 の最期です。 平知章は、知盛の長男。 母は、 治部卿局 。(のちに 四条局 とよばれる) 長男・知章 を一の谷で失い、 夫・知盛 を壇の浦で失い、 さらには、幼いという理由で都に残してきた 次男・知忠 も、のちに挙兵の疑いによる誅殺で失うという (※) 悲劇に見舞われた女性です。 ※『延慶本平家物語』第六末「伊賀大夫知忠被誅事」。知忠は、『尊卑分脈』では知盛の次男。 ですが、治部卿局は、 守貞親王 ( のちの 後高倉院 。 高倉院第2皇子。平家都落ちに同行) の乳母であったため、 平家滅亡後もその地位は健在 で、承久の乱後は、後高倉院の院政下で活躍したといいます。 守貞親王の乳母夫と言えば、『平家物語』巻十一に登場する 持明院基家 (なお、資盛の舅)が有名ですが、知盛と治部卿局夫婦も守貞親王を養育していた為、その縁が功を奏したことになります。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 知章の母・治部卿局は、寛喜3年(1231年)80歳まで生きたそうです。 (『明月記』) この頃には既に、『平家物語』の原態ができつつあったと考えられています。 (仁治元年(1240年)の書状に、「治承物語六巻〈号平家〉此間書写候也」とある(『兵範記』紙背文書)) 『平家物語』で知盛がかっこよく描かれているのは、妻である治部卿局が健在で、夫の勇姿を伝えることができたおかげであるとか… (*^-^*) ※参考文献 日下力氏...